| 関西人のたわ言《2006年》 | ←2005年 | 2007年→ |
| 焼酎狂想曲がもたらす不必要なマージン | 2006.12.27(水) |
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日記を遡ると3年前に焼酎にはまり始めた記述があり、ここ3年ほどでどっぷりアルコール漬となった様子である。当時の記述によると、手始めに「鳥飼」にうっとりとし、「富乃宝山」を崇め、球磨焼酎辺りから爽やかではなく太くてくどい味に惹かれていった軌跡が見える。
それからの日々は「焼酎の飲める店」「焼酎の買える店」を探す日々であり、程なく南九州への探索の旅を実施し、熊本県は人吉の地で金脈を発見するに至る。事務所のそばの鹿児島有楽館に日参し、「伊佐美」や「村尾」といった銘柄に出会った喜びが書き記されている。 そうした日々で一貫しているのが「定価」へのこだわりであり、どんな銘柄でも誠心誠意「定価での購入」を行なってきている。有名銘柄に「プレミア」を乗せることで稼ぐ必要の無い中間マージンを稼ぐ「業者」が現れたことへのアンチテーゼでもあるが、関西人の誇りとして定価は死守すべき価格である。 世間での焼酎ブームは下火となり、不必要な中間マージンは減少傾向にあり喜ぶべき状況である。プレミアム販売をする店を見るにつけ、人吉の酒屋のばあさんの「焼酎は蔵元と飲む人が知り合いである地元の酒です」という言葉が思い出されるのである。 | |
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| ホワイトカラー・エクゼンブション | 2006.11.13(月) |
さて、世ではホワイトカラーの裁量労働を促進する制度の導入が進んでいる。既に賃金の年功序列制度や肩書きが廃止された仕事をしている人間にとって、世間が追いついてくるのを待つだけであり、経団連の主張に特段の思いも無いが、「残業代金を無くす制度」「残業を無尽蔵にやらせる制度」と諸団体はお怒りである。
残業時間というものは、仕事の段取りの裁量で「自由に変動できる人」と、毎日が繁忙期で「ひたすら忙しい人」の極端な2重構造であり、このホワイトカラー・エグゼンプションの統一導入は確かに危険をはらむ可能性がある。とはいうものの、この手の社会制度の新規導入は大抵が「現状の追認」であり、それが年俸制かサービス残業かは知らないが、世の中は既に「残業代を払わない」時代になって入るものと考えるのである。 「忙しい人はより忙しく」という連鎖を断ち切るのは、そもそも個人の創意工夫であるが、それが限界に達しているのならば、裁量労働制の導入ではなく、当局がきっちりと、企業が人員配置などを真面目に検討するように仕向けなければならないのかも知れない。 | |
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| 現状追認に過ぎない制度改正 | 2006.11.09(木) |
駅の中の商業施設、通称「エキナカ」。ここは商業地ではなく、鉄道用地と扱われる都合上、固定資産税等が優遇されている。これを逆手にとってJR東日本は、10年以上前から「サンシャインプラン」とかいろんな名前をつけてエキナカ開発を積極的に行なっている。上野、赤羽根、東京、そして品川を経て「エキナカ」は完全にブレイクし、目立ちすぎるようになったのでしょう、駅周辺の商店街からにらまれ、先生方が動き出すようになりました。
JR東日本とは、首都圏といえども旅客数がいずれ頭打ちになるであろうと早くから考え、旅客のサイフから「如何にして「運賃」以外のカネを剥ぎ取るのか」ということに苦心してきた会社です。「スイカがコンビにでも使える」「駅に商業施設が出来た」と宣伝してますが、利用者はありがたがるばかりでなく、その裏にある戦略を良く考えて都合のいい部分だけ利用するなど、賢く立ち回りたいものです。 さて先生方の動きですが、東京都の課税強化宣言の統率を図るために税調を巻き込んで動き始めました。先生方が指摘しやすく、指摘を受け入れやすい元国鉄という企業体質を今尚残すJR東日本がどう立ち回るのか、今後の動きから目が離せそうにありません | |
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| カメラ技術の目指す先 | 2006.10.24(火) |
写真撮影での新たなる表現の世界を求め、一眼レフレックスの世界に乗り出して早いもので3年目であるが、めでたく総撮影枚数が1万枚を超過。買い換えないうちに技術革新によってより良いカメラが世に出る時代となった現在、買い替えを検討中である。
カメラメーカーは収益機会の拡大を目指して、高付加価値が期待できる「一眼レフ」の機種を各社競って充実させている。しかしながら一眼レフカメラは写真を作るプロの為のカメラであり、誰もが気楽にパシャパシャ撮ると言う世界ではない。ある意味、プロ写真家のラストリゾートなのであるが、ユーザーフレンドリーでなければ売れないという事情もあり、各メーカーはより気楽な撮影(人物の顔が明るく、くっきりと撮影できる)機能の充実で販売拡大を目指している。 それはそれで大いに結構な話であるが、一眼レフがマス化する中で写真を作るという本源的な価値が犯されかねないと危惧するのである。人物の顔をくっきり写す機能を拡張と高らかに謳うメーカー相次いでいる現実を見ながら、オートフォーカスの登場によって写真の世界がマスに広がった喜ばしい過去を思い起こしながら、写真の趣味性が踏みにじられてしまったことを少々危惧している次第である。 | |
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| 資産運用は金儲けと異なる | 2006.10.13(金) |
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金融広報中央委員会がまとめた2006年「家計の金融資産に関する世論調査」によると、家計部門が保有する金融資産の構成比は、株式が9.0%、投資信託が4.8%と、それぞれ過去3年で最も高くなっているが、世界的に見て低い水準に留まっている。
一方、老後の生活が「心配だ」と答えた人の割合が83.5%と拡大しており、政府当局の「年金はシステム破綻を起こしており、将来はデフォルトします」というキャンペーンが急速に浸透している実情と、「60歳でリタイアした後に必要な資金は夫婦で1億円」「退職金と年金で埋めきれない2500万円をリタイアまでにそろえる必要あり」という金融機関の脅しが効果をあげていることが伺える。 巷に数多とある資産運用の書物を紐解くと、「銀行預金では資金は増えません。株式や債券に投資するか投資信託や仕組債を買いなさい」と書いてあり、次に金融商品の特性が列挙され、最後に「投資は自己責任です」という脅しで締めくくられている。大抵、株式の投資収益や債券の利回りなどが預金金利と比べて如何に高いか、または高かったかと言うことが示されており、読者に「投資しない奴は能無し」というイメージを抱かせている。 しかし、本当の資産運用とは利の高い金融商品を探して金儲けすることではなく、詳細な将来設計を元に必要な資金額を算出し、背負うことのできるリスク量の中で最も多いリターンの確保を目指し、資金計画を達成することである。背負えるリスク量を知った上で投資を行なうことが自己責任であり、決して金儲けを推奨する方々の免罪符ではないのである。 | |
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| 証券投資の過去・未来 | 2006.10.04(水) |
10月10日は目の日、3月3日は耳の日、などと勝手に記念日が定められているが、本日10月4日は「投資の日」である。理由を説明するだけ野暮であるが、戦後GHQによって凍結されていた株式取引が昭和24年に東京証券取引所で再開されたが、この日は確か5月であり本日とは特段関係がない。
さて置き、随分長い期間株式市場が堅調である。この世界に足を踏み入れてもう20年になるがこの長い好調さには記憶がない。これもあのビックバンに始まる取引委託手数料の自由化と情報通信革命の成せる技であり、これまで掛け声倒れで成功しなかった「証券の民主化」が成功した証なのであろう。 「証券投資論」では市場効率仮説が提唱されており、市場参加者の間に情報格差がなくなると、格差を利用して市場で超過利潤を獲得することは出来なくなるとされている。昨今のインターネットの普及と企業の情報開示により、機関投資家と個人投資家の間の情報格差は既になくなっている。しかしながら市場で獲得する超過収益がなくならないということは、プロとアマの情報格差はなくなったが、積極的に取り込み咀嚼に精を出す投資家(=やる気のある個人投資家)と、流れている適当な情報に操られる投資家(=従来の個人投資家)の間にはまだまだ情報格差があるということなのであろう。 現在「カリスマ個人投資家」が注目されてきているが、この世界は今も昔も、少数の「人もうらやむ成績を上げる人」と多数の「人をうらやむが成績の上がらない人」で構成されており、「証券の民主化」によって、やる気のある個人の環境は変わったが、従来通りの他力本願投資家の現状を変える事はなかったのである。これが証券投資の実情であり、少数の「人もうらやむ成績を上げる人」に成れるように精進するばかりである。 | |
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| 抜かれるはずがないからこその伝家の宝刀 | 2005.09.14(木) |
日本で電話サービスが始まったのは明治初期であり、初期の電話加入者は殆どおらず電話帳が1ページしかなかったというのは有名な話であるが、その後の文明開化、西洋化、そして戦後の復興のなかで、全国的な電話網整備が国を挙げて行なわれ、高速化大容量化が求められる中で、米国で軍が技術を先導したように日本では郵政省および日本電信電話公社(電電公社)が通信技術を発展させてきた。
経済が成熟化し、電電債を買わずとも電話加入権を購入できるようになり更には、電話加入権すら死語となりつつある中で、日本電電公社も民営化されている。しかし、総務省(旧郵政省)は電話に関して「あまねくサービスを確保せよ」という厳しい命題を民間企業である日本電信電話(NTT)に課し続けている。NTTも国が作ってくれた基盤を引き継いだ都合上、行政の言うことを聞いてきたが、自己資金で敷設した光ファイバー網について「希望事業者に開放せよ」と迫られる中で、行政当局への態度を硬化させてきた。 NTTは総務省に対して、全国津々浦々へのサービス網を確保するために「ユニバーサル基金」の設立を認めてくれと迫っていたのである。総務省も新規参入組も「ごもっともであるが負担は出来ない」と考えユニバーサルサービス基金は「伝家の宝刀」となっていた。 伝家の宝刀は竹光であることが多いのであるが、NTTの伝家の宝刀は名刀であり、通信行政は大きな変革期を迎える事になりそうである。 | |
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| 産業革命と産業による革命 | 2006.09.07(木) |
今を遡ること42年前に東海道新幹線が開業し、夜行列車や強行軍の日帰りしか方法のなかった東京−大阪間の移動が、わずか3時間(開業当時は4時間)で結ばれたことにより、日本経済はもとより、日本人のライフスタイルが大きく変わってしまった。
当時の国鉄は新幹線開業をして「産業による革命」と称したが、その後も新幹線は拡大を続け、開業当時は1時間に2本であった列車も、今では1時簡に10数本がひしめく脅威の過密ダイヤとなっており、速度の向上は今後も続いている。 「そんなに早くして何になるのか」「もっとゆっくり行こうよ」と識者の方はもっともらしくおっしゃるのであるが、高速移動時代をを後退させるような選択をする商用客は存在しない。これは新幹線によって商売のやり方がエボリューション(進化)したのであるからである。 現在、山梨県の山中で浮上式のリニアモーターカーの実験が続けられている。JR東海の試算では東京−大阪間に路線を敷設するには10年の歳月と10兆円の工事費用が必要と言われている。驚くべきは、ハイテク路盤の整備をわずか10年程度で終える技術力を既に日本は有しているのである。 さておき工事費用の面であるが、東京−大阪が1時間で結ばれた時に起こるであろう生活環境の革命を冷静に考えた場合、その経済効果は10兆円では効かない筈である。 目先の10兆円を守るのか、将来の数10兆円の獲得を目指すのか、これは正に「国家100年の計」であり、国家を運営する政治家の先生方にしか決断できない選択肢である。このあたりを理解して大英断を下してくれる指導者が現れないものかと希望して止まない。 | |
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| 携帯電話の未来像 | 2006.09.04(月) |
随分先のことであると思っていた「携帯電話番号移動制度(MNP)」がいよいよ来月から開始されることとなっている。各キャリアーともに、他のキャリアの客を刈り取る最大のチャンスとばかりに「気合十分」であり、特に最大の加入者増が見込まれるauは新機種、料金サービス、宣伝に余念がない。王者ドコモも「手をこまねいてばかりはおれません」と頑張っているが、現状維持が精々というのが下馬評である。
先行してMNP制度を導入した欧州では、時間とコストが高く利用者に不評であり普及していないが、日本は、表向きで「利用者から多くの料金をいただきません」という低姿勢で、通話・通信料金でがっちり回収する経営スタイルなので、MNPという会社にとってメリットの薄いサービスも好評なサービスに仕上げられているのである。 料金の引き下げ競争が起こらないのは変だとか、世界的に見て利用料金が高いと、携帯電話が本格化して10年も経つこの段になってもマスコミは騒ぎ立てるが、そんなに嫌なら電話機を6万円で買ってくださいと言いたいところである。世界で見ても便利な日本の携帯電話はこれからも、高いサービスを理解しない多数の消費者と、誤解に気付けないマスコミによって成長を続けてゆくのであろう。 | |
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| 航空自由化のもたらしたもの | 2006.09.03(日) |
遡る昔に若狭裁定が行なわれ、「国際線は日本航空、国内線は全日本空輸」、と決められて棲み分けが計られたが、全日本空輸の国際線進出や、新規参入枠が解禁され、実際にスカイマークが参入してくるなど、航空業界の動きが慌しい時代が1990年代にあった。
しかしながらある意味で目論見が外れ、ある意味目では論見どおりに、航空運賃は急激に低下したが、多くの独立系航空会社は瞬く間に日本航空、全日本空輸の両陣営のどちらかに吸収された。 ここ10年の間に、首都圏の玄関口である羽田空港が拡張され、地方空港も次々に開港する中で、ジャンボジェットによる効率輸送を行なうよりも、小型機で輸送頻度を上げることが求められる方向に時代は変化し、航空運賃の引き下げにより飛行機が身近になった。 こうした時代のもたらした結果は、依然として航空機がその安全管理上、特異な運行スタイルを求められるのに対して、乗客が日常生活の延長で搭乗するようになったことである。普段の延長線上で肩肘張らずに航空機に乗れるようになったことは喜ばしいことであるが、リラックスしすぎてしまっていることが、離陸に際して携帯電話を切らない乗客や、迷惑行為をエスカレートさせる乗客に繋がっているのではと、残念に思いながら考えてみるのである。 | |
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| 冥王星狂想曲 | 2005.08.25(金) |
冥土には霊を仕切る役所があり、あの世の行き先を判定するといわれている。その冥土(冥府)の王であるが、アジア圏では閻魔とよばれ、ローマ神話ではプルートと呼ばれている。
さて、慣例に倣ってローマ神話の重鎮の名を付けた「冥王星」であるが、このほど正式に太陽系第9惑星の地位を退かされた。 冥王星は1930年にクライド・トンボーという米国人が膨大な天体写真を撮影し発見した惑星である。それは即ち米国が唯一発見した太陽系の惑星であり米国の誇りでもあった。 であるが、研究が進むにつれ「それ惑星ですか」という素朴な疑問が学者の間で台頭し始めていた。そこに、かの国が「あと3つばかし見つけました」「わが国発見の惑星はこれで4つだ」とはしゃぎだしたもんだから議論は沸騰し、結果として太陽系の惑星の数は9→12と成るはずが、9→8となってしまったのである。 歴史ある学問では欧州勢に一日の長がある。かの国もリベンジをすべく頑張って研究に望んでいただきたい。宇宙に大きな発見などもうありえないと嘆くのは勝手であるが、人類が地動説を認めたのはたった400年前なのである。宇宙研究はまだ始まったばかりであり、これからなのである。 | |
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| 終戦記念日 | 2006.08.15(火) |
日本がポツダム宣言を受け入れ「無条件降伏」をして本日で61年、本日は過去を偲び反省する月間の最も重要な日「終戦記念日」である。報道によれば朝の早い時間から小泉首相は「首相として」靖国神社を「公式参拝」した模様である。
これに対して世論をはじめ、近隣各国から意見が錯綜している。首相も参拝の見解を自ら述べ、様々な見解や意見が出ているが、事実は「公式参拝した」ということだけであり、軍国体制への布石を打ったとか、A級戦犯は拝んでないとか、そういった事実はない。 ちなみに靖国神社は、戊辰戦争の戦没者(官軍のみ)を祀るために建立された神社であり、その後英霊を祀る神社となるなど、八百万の神とは異なる少々変わった経緯を持つ神社である。 「戦争への反省の決意」を英霊に捧げに首相が自ら参拝 これは全く持って正当な参拝理由であるので、とやかく言う必要はない。 ただし、日本国憲法は「政教分離」が高らかに謳われており、首相として公式参拝というのはいただけない。「志は内閣総理大臣として参拝したが、あくまで私人である」と政治家らしく本音と建前を使い分けていただきたかった。というのが個人的見解である。 それと近隣諸国との外交は最後の最後まで「話し合い」で行なうことを肝に銘じていただきたいと願うのである。「戦争は仕掛け方が悪いのではなく、そもそもが間違い」なのである。 | |
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| 視界不良のJAL | 2006.07.19(水) |
本日、日本航空の公募新株の募集価格が1株あたり211円と決定した。この公募増資は、6/28の株主総会において一切触れられないにもかかわらず、翌々日の6/30の15:00に大々的に公表されたものである。公募で集める資金規模は現在の純資産(資本の部)の70%に迫るものであり、既存株主にとって面白い増資なだけに、発表意向、株式市場は日本航空に対して厳しい姿勢が取り続けてきた。
要は株価の「急落」である。売り込まれたのである。株価はいよいよ200円を割り込みそうな状況にある。経営陣は株主を軽視していると市場は判断したのであるが、ただ、この「軽視している」という市場の見方は誤りである。経営陣は株主など軽視どころか見てはいないのである。といっても、お客様を見ているわけでもない。 増資価格211円を受けて会社側は「想定の範囲内」とコメントしている。コメントを聞く側は「想定内」の困ったコメントであるが、調達予定額が30%減ってしまった会社側にとっては「想定内」であるはずがない。燃料調達に苦戦して単独値上げに踏み切らざるを得ない懐具合ではあるが、究極の装置産業であるだけに事実上新規参入が出来ず、無配になっても債務超過でも生き残ってゆけるのであろうが、どうにかしてもらいたいものである。 | |
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| 日本最長駅間を誇る「米原・京都」間の問題 | 2006.07.18(火) |
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JR・民鉄を問わず最も駅間が長い場所は、北海道ではなく滋賀県と京都府にまたがって存在する。それはJR東海道新幹線の「米原駅・京都駅」間68kmであるが、古くからここの間に新駅を設けようという動きがあった。
新駅の仮称は「びわこ栗東」といわれていた記憶があるが、世界共通語となりつつる「もったいない」を旗印に当選した新しい滋賀県知事の公約により、既に着工済みの工事に暗雲が垂れ込めている。当然JR側は「誠実義務」で工事を行なう必要があるし、知事(県)としては公約どおり負担の多すぎる工事はやめないとかっこが付かない、地元の栗東市は「聞いてまへんがな」という寝耳にミミズなのである。知事さんは「あの「世界都市博」ほど進んでいないので、やめることは容易い」といっていらっしゃるようであるが、この行く途には要注目である。 知事さんの「もったいない理論」では、住民があまり使わないのに地方負担の大きい工事は無駄ということなのであろうが、公共工事とは、「今は使わないと予想されるが、出来上がることによって効用が生まれる」ということをやるものであって、その将来にわたる効用と工事費用を天秤にかけるべきもののなのである。そんな「成功が計れない上に、成功するかどうか解らんもの」にこそ「税金」を使うのである。 無駄遣いをやめる、もったいない、というのは卑近な話であり、理解を得やすいのであるが、政治とはそういった狭い範疇で考えるべきものではない。滋賀県の方々には、是非とも広い視点に立ってお考えいただきたいものである。 | |
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| 教育のあり方はいと難し | 2006.07.04(火) |
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勅語奉読のために礼服などで正装し、白手袋で謄本を取り出し、勅語節といわれる独特の抑揚を付けて朗読された「教育勅語」は、戦後に教育基本法で完全否定されるが、今読んでみると、完全否定される理由は当然であるが、その中身は全て無茶というわけではない。
戦争遂行にあたり過剰に権威付けされ、崇め立てられた事が「教育勅語」の不幸なのかもしれない。校長先生が来賓の前で読みまちがえれば、直ちに進退問題になったという。これこそがその不幸を雄弁に物語っている。 全体を貫く「天皇と臣民」という思想と「いざと言う時は国の為に身をささげよ」という下りは当然いただけないが、臣民(国民)が成すべきとされた父母に孝をつくし、兄弟姉妹仲よくし、夫婦互に睦び合い、朋友互に信義を以て交り、ヘりくだって気随(わがまま)気侭(きまま)の振舞をせず、人々に対して慈愛を及ぼすようにし、学問を修め業務を習って知識才能を養い、善良有為の人物となり、進んで公共の利益を広め、世のためになる仕事をおこし、という辺りは当時も今もなおごもっともである。 大阪市の私立幼稚園で年長組の園児約120人に、教育勅語を暗唱させていることが報道されているが、園側の言うように、公共心、道徳心を育むためには教育勅語の精神は必要なのかも知れない。当然ながら、全てを暗証させるのは文部科学省様が出るまでもなく、行き過ぎどころではなく「間違い」である。 | |
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| アナログ放送の終焉はあり得るのか | 2006.06.26(月) |
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国は2011年7月に現在のアナログ放送を終了させ、デジタル放送に完全移行する計画を実行中である。これに乗じて「来年からアナログ放送は映らなくなる」などと危機感をあおって架空の工事費を請求する詐欺が流行っており、総務省は警戒を呼びかけている。
誠しとやかに語られる地上波アナログの終焉であるが、総務省は本気であるに違いないが、物理的に難しい物証を挙げる方々が日増しに増えており、延期される可能性が高まっている。その理由として、テレビチューナーが間に合わないことが挙げられている。国内にある1億台近いテレビが2011年7月をもって映らなくなるとなれば、ちょっとした事件である。テレビを買い換えずにチューナーで対応するにしても、大変な数である。 ある日を境にテレビが映らなくなるという大事なことを、積極的にアピールしているのは当事者であるテレビメーカーと放送業界を除くと総務省だけであり、とてもではないが「政府が本気である」とは言えないと個人的に思っており、某放送局との契約はまだ先に伸ばせるなと決意を新たにする次第。 | |
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| 見当違いな羨望とねたみ | 2006.06.16(金) |
社会全体が成長過程にあり、人々が将来に対して夢を持っている時、成功者は羨望に包まれ「俺もやるぞ」と前向きに思考は流れる。しかし、世の中が成長に行き詰って、なんとなく閉塞感があり、全体としてジリ貧となってくると、成功者は妬みで叩かれるのであろう。
少々リスクの高いファンドに投資をした結果、思わず儲けを出してしまった方が、いま叩かれている。そもそも「リスクとは不確実性の指標」であり、損をする確率を示すものではなく、「損得の両方にどの程度触れ得るか」という程度を示す指標なのである。総裁が自己責任で真っ当な投資をして儲け、尚且つ利益に対する税金も払っているのに、今更、何を非難されねばならないのであろうか。 「世間にはゼロ金利を押し付け総裁は丸儲け」とタブロイド紙が焚き付け、評論家という方々が、もっともらしく「いけませんなぁ」というのは、知識レベルの低さを必要以上にアピールしているようで見ていて見苦しい。 年初から始まる、逮捕前に「逮捕する」と自らリークする検察と、その情報を「ありがたいネタ」としてうれしがるマスコミからなる一連の事件が、変な方向に行くのを見ながら、あきれるというより「父ちゃん情けなくって、涙出てくらぁ」という台詞がぴったりな気分になるのである。 | |
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| 喫煙の権利 | 2006.06.01(木) |
JR東日本はすでに短時間の特急列車の全面禁煙化を行っているが、今後は全ての特急列車(新幹線を含む)の全面禁煙化を決定している。個人的には喫煙の経験すらないので、全面禁煙化になんら問題はないが、喫煙者にとっては厳しい状況なのであろう。
喫煙者は健康上好ましくない習慣であり、かの国では喫煙者は自己節制の出来ていない人物=だめな奴、と言う位置づけとなっており、趣味で紫煙を楽しむ人にとっては肩身の狭い世の中になっている。よく似た感じで動物を可愛がれない人物=人間味に欠けた奴、という図式もあり、ペットに理解を示せない奴は駄目という見方もある。 何を隠そう「犬嫌い」であり、犬は大の苦手である。ペット禁止の公団でも犬を飼う人が増えており、犬嫌いな自分自身にとっては、夜鳴きやエレベーターでの同居など苦痛以外のないものでもないシチュエーションが多く見られるようになってきた。ルール違反ではあるけれども体制派となりつつあり、ペット好きな人には理解できないのかもしれないが、犬が嫌いな人間も多く存在しているのである。「こんないかわいいのに」ではないのである。 「犬を飼う心の広さが人間の優劣であり、ペット禁止は時代錯誤」という時代が近づいていることを考えると、喫煙者の肩身の狭さが少し理解できるような気がするのである。 | |
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| 水道工事職人兄弟の冒険 | 2005.08.06(土) |
任天堂DS Liteが不在持ち帰りで明日届く予定となっていおり、「コンピューター、ソフトなければただの箱」を脱するためにソフトを買いに出かける。
脳を鍛えることが流行りでもあるので、流行にのっとって1本購入。ソフトは高級なランチほどのお値段であり、想像以上に安いことに気をよくして「水道工事職人兄弟の冒険」を購入。 この兄弟の冒険とは、きのこを踏んだり、亀をころがしたりして金を稼いでいる兄弟のあれである。この職人兄弟と、どういう関係かよくわからないが、やたらとわがままですぐ悪者に捕まる王女を助けに、職人さんはいつも出向くというあれである。 その後、昨日から手がける水道管職人の冒険を再開。亀を転がしたり、きのこを踏んづけたりして、激しくジャンプを繰り返す職人さんを見るに付け、「配管工より鳶(とび)の方があってるんじゃないか」などとつまらないことを考えつつ、名実共に手に汗握る冒険を続ける。 | |
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| 利息制限法と出資法 | 2006.05.07(日) |
すでにアイフル株式会社のサイトは「業務停止期間のお知らせ」ということで、何も見えない状況となっているが、明日からアイフル社への業務停止命令が執行される。この行政処分発表と時を同じくして、金融行政の諮問委員会が「グレーゾーン金利の撤廃」を声高に主張している。
行政処分の発表が意図的に時期を選んだとか偶然だとかはさておき、出資法の上限金利引き下げは大きな問題である。「金貸し=悪人」という単純な構図が世論には存在しており、その構図を見せないように見せないように努力をしている銀行と、露骨なまでに資本主義を貫く貸金事業者が存在する。 銀行にせよ貸金業者にせよ、経済行為を行う主体に資金を貸付けて利息を得るというのはれっきとした事業であり、とやかく言われるものではない。グレーゾーン金利についてはそれを放置したのは行政の責任であり、そうした歪みを活かしてリスクを取って個人融資事業を行う事業者が存在しただけのことである。 そもそも貸金業には貸倒れリスクがつき物であり、本来ならば経済的に対処すべきところを、人情や世間体を利用して過度に回収に努めたことが今回の事件の大きな問題である。そういった点を追求せず「グレーゾーンさえ無くせば問題解決」と臭い物に蓋ばかりしていると、貸金業者が言う「グレーゾーンが消滅することで、貸付リスクに見合わない顧客に対して貸付が行えず、結果として闇の世界が幅を利かせるようになり、国民の利益には繋がらない」という理屈が正当化されかねないのである。 貸金業者の過剰な取立ての実態報道はマスコミが得意とする分野である、お役人様に期待が持てない以上、マスコミ様には下世話な話に終わらせず、一歩踏み込んで世論をリードするような提言をしてもらいたいものである。 | |
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| 世間と裁判の乖離 | 2006.04.27(木) |
報道によると、逮捕から約3ヵ月ぶりに保釈された堀江貴文被告(33)が、東京拘置所から保釈され、200人以上集まった報道陣に対して「世間をお騒がせし、申し訳ございませんでした。ライブドアの株主の皆様、従業員の皆様、関係者の皆様、ご心配をお掛けしました。また、大勢の方に励ましを頂き、ありがとうございました」と頭を下げたという。マスコミは、堀江被告とライブドア社との今後の関係や、被告の容姿の変化に無駄に注目している。
マスコミの論調は、集まった報道陣に対して「詫びて当たり前」という姿勢であり、事実、堀江被告も詫びている。ただ、被告の詫びの内容は「世間をお騒がせしたこと」についてである。容疑を否定して裁判に臨もうとしているのであるから、堀江被告の詫びの内容は正しい。つまり、マスコミが勘違いしているように「証券法違反」を詫びているのではないのである。 そのあたりをわきまえて報道するマスコミの登場をいつもながらに切望するのである。 | |
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| 元気な3セク、消え行く3セク | 2006.04.24(月) |
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先日、北海道のちほく鉄道が廃業し、北海道からJRと市営交通以外の鉄道事業者が姿を消した。高速道路でよく言われる話であるが、特定区間で見ると赤字であってもその区間を通るルートの必要性が大いにある場合には、その区間の運営をする価値があるという話がある。
第3セクター鉄道にもそういう例があり、国鉄が1966年に着工され工事を中断した後、第3セクターが1987年に工事を再開し1994年に開通した智頭急行智頭線(上郡・智頭間)や、北越急行ほくほく線(犀潟。六日町間)などがある。こちらの陣営は黒字で好調であるが、その大きな要因は特急「スーパーはくと」の運行や、特急「はくたか」の運行による収入に他ならない。 山陽と山陰を結ぶルートとして栄える智頭急行や上越と日本海を結ぶ短絡線である北越急行は、先の高速道路の例の如く健闘しているのである。そう考えると、現代に於ける鉄道事業というものは、「儲かるべくして儲かり、廃れるべくして廃れる」と言うことになるのであろう。ふるさと銀河線の最後を中継する某国営放送の番組を見ながら考えてみたのである。 | |
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| 切羽詰った状況が需要を生んできた | 2006.04.12(水) |
今回のダイヤ改正で寝台特急「出雲」が廃止され、寝台特急「日本海」の一部列車が行程を短縮と、夜行列車は減る事があっても増えることのない状況が続いている。効率を考えれば、航空路線の充足廉価な夜行バスの拡大という世の中では致し方ない事である。
ただ「どっちも寝にくいが、寝台列車は夜行バスより高い」と寝台列車を批評するのはいただけない。夜行バスと比べるべきは夜行列車であって、決して寝台列車ではないのである。 寝台列車は昼行列車やバスと異なり「寝台」が提供されており、横になれるし、何より寝間着で寝ることが可能なのである。これはバスにはありえない高級な仕様であり、おっさんは一度経験すれば二度と夜行バスに戻ることはありえないほどなのである。 そんな訳で、夜行列車に乗って「夜間に移動」することを求められるおっさんは、寝台列車を選ぶはずである。寝台列車が斜陽なのは、そういう切羽詰ったおっさんが減ったからに他ならない。要は航空路線の拡充で昼間に移動できるようになったことと、情報革命によって実際に出向く出張が減ったからなのであろうと想像している。 | |
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| 蓋をしても解決には繋がらない | 2006.03.30(木) |
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初めてパソコンに触れたのは高校の時であるから、もう20年近い時間が流れている。パソコンとの出会いとは言い換えればデジタルとの出会いであり、その時に感じた「デジタル化」の意味と「デジタル化がもたらす将来の予想」は今の現状を見るにつけ、いささかも間違っていなかったと感じることしばしである。
「デジタル化」とはアナログからの変換には労力が必要であるが、その後は殆ど労力フリーでコピーが可能というなのである。であるから音楽ファイルの個人間での交換が広がることは必至であるし、「WinMX」という強烈なプログラムが出てくるのは歴史の必然なのである。その「WinMX」を封じ込めた結果「Winny」が生まれ、それに乗じてウイルスをばら撒く奴が現れることもこれまでの流れの延長である。 「Winny」への対策はウイルス対策の徹底と、重要ファイルと「Winny」と物理的に同居させないということに尽きる。間違っても「Winny」の削除ではないのである。残念ながら間違った方向に流れるのも、デジタルを理解できない方々がリードするこの国のこれまでの流れの延長なのである。 | |
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| お上はそれほど寛容ではない | 2006.03.07(火) |
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株式投資はリターンを得ることが可能であるが、一方で非常にリスクの高い取引であることは、巷のどの情報を見ても明らかであり、世界では「子供も知る常識」である。
そうした中、ライブドア株の暴落で損害を被った株主を救済するために結成された「ライブドア株主被害弁護団」が説明会を開催し、約530人の株主らが参加。その他にも約600人ほど資料請求するなど、現時点で1100人超の株主が訴訟に関心を示している。 訴訟を起こすのは国民の権利であるので何も言うつもりはないが、日本全体で物見遊山も含めてライブドアで痛手を被ったことを自ら明らかにすることになるのである。弁護団は「訴訟によりライブドアの虚構を解明する」とか「被害回復を図るとともに証券システムの公正を実現したい」と、ご大層な訴訟の意義を強調している様子だが、提訴することはイコール「自己責任をよく理解せずに投資をしてました」と世間に公表することなのである。この国は社会的弱者には優しいが、相場の敗者には冷たいということを、訴訟団が知った時に、過剰に落胆しないことを祈るばかりである。 | |
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| 見込みの甘さを他人の転嫁してはならない | 2006.01.17(火) |
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1980年代の末に日本では、好景気の中で資産インフレの傾向が顕著となり、日本電信電話(NTT)の上場を一つの契機に空前の株式投資のブームが起こった。そうした中、監督官庁である大蔵省は東京証券取引所等に命じ、1単元の取引価格が100万円を越える会社に対して、株式分割などを行い個人投資家が参入しやすくするように高株価企業に対して指導を行った。
それから10年、1998年からのIT相場の中で、東証は高株価企業に株式分割の指導を続けるが「額面」という困った問題が浮上した。当時は、1単元の裏づけに純資産50,000円を必要とする「額面制度」があった。設備を持って事業を行う場合、1単元当たり純資産50,000円など訳無いのであるが、新興のヤフーなどは殆ど資産を持たない経営形態であり、50,000円と言う額面に発行株式数が縛られ、1単元は凍傷の求める100万円どころか1億円に達する。そこで当局は「額面制度」を廃止し、自由に株式を発行することが出来るように改めた。その結果大規模な株式分割が起こり、1単元の価格は急速に下がった。 そうして大蔵省は株式取引手数料を自由化、手数料の急減とネットの普及もあり、超小口の個人投資家が大量に市場に流れ込み取引量は拡大した。 こうした、その場その場での対策に終始し、根本策や「将来予測」をせず投資を怠ったのが本日の取引停止の本当の原因である。新興の小規模な一事業会社の責任にせず、取引が出来ないことにより「世界の資金が東証だけでなく日本を迂回」することの恐ろしさを東証には良く考え反省してもらいたいものである。 | |
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| NINUKI.I.M |